期待という凶器
自分は期待されることが嫌いだ。
期待しているぞ、なんて言葉を言ってくる人間はもっと嫌いだ。
期待しているぞ、と言われると、お前の期待に応えるためにやってるんじゃないと思う。
期待に応えようとすれば、もう自分のためには生きれない。
期待している他人のために行動して、生きているのだ。
そんな生活が楽しいわけがない。
特に、社会に出てから、期待されることに対して、大変に嫌悪感を抱くようになった。
上司の期待、組織の期待、そして期待に応えるように動くことが期待されている新人。
キタイという言葉が横行している。これでは新卒が辞めていくのも無理はないんじゃないかと思ってしまう。
もちろん、期待を正面から受け止める必要はなく、自分のために動き、自分を高めることが、組織の貢献にもつながるような形がベストであると思ってはいる。でも早々うまくはいかない。
自分は十代の頃、B'Zが大好きでよく聞いていた。
B'Zの歌詞にはよく、俺に勝手に期待するなという趣旨の歌詞が出てくる。
10代の頃は、天下のB'Zがそんなに他人からの期待を嫌がるものなのかと思ったが、今ならよく分かる。
期待に応えなければ、なんて考えだしたら、もう鬱の世界に小指が入っていると思う。
他人の期待に応え続ける世界に、自分の幸せはきっとないのだ。
なぜなら、自分の期待には応えてないからだ。